高山 明氏

皆で始めて、皆で大きくしたヤマハのネットワーク事業

ネットワーク機器事業の黎明期、その中心で活躍していた高山明氏は、ヤマハで初めての通信関連製品となるモデムLSIを開発しました。その後のISDN LSI開発、ISDN-TA、RT100iの開発を手掛け、ヤマハのネットワーク機器事業を牽引してきました。当時の思いや今日のユーザーに伝えたいことを、本音で語ります。

LSIの開発から始まった

高山明氏

ヤマハに入社したのは1986年で、きっかけは、生まれ故郷の浜松にUターンを決めたことです。前職では電話交換機の研究、開発をしており、通信関係の仕事を探していました。 何社か受けましたがヤマハだけは当初、通信はやる予定はないと門前払いでした。それでも、自信のあった自分の専門を活かしたいという強い思いで、何度もアプローチしていました。その中で、通信事業への参入を考えていたヤマハの経営陣の目に留まりまして、採用が決まりました。

LSIの設計が採用後の最初の仕事でしたが、経験がなかったので大学の教科書を読み直すところから始めました。通信に関しては絶対に負けないという自負がありましたから、「ヤマハでこれまでやっていなかった通信事業を自分が立ち上げる」という強い意思の元で、LSI設計の知識を身につけました。

入社翌年と、翌々年に発売したアナログ回線用デジタルFAXモデムLSIは、アメリカでヒットしました。これが足がかりとなり、1989年にISDN LSIを発売しました。日本ではあまり反響がありませんでしたが、当時のヤマハのデジタル信号処理技術は世界の最先端でした。

最初のルーターはOEM販売を予定していた

高山明氏

LSIが出来ましたが、これ単体ではお客様に良さを分かっていただくことは難しい。ですから、売れないわけです。きちんと評価して使ってもらうためには、それが動作する製品が必要でした。そこで、通信機器事業を始めたのです。評価用のISDN通信ボード、ISDN-TA(ターミナルアダプター)、FD(フロッピーディスク)転送装置などのISDN端末機器を開発しました。

また、通信をやるなら大手通信事業者と組むほうが売上も利益も出るだろう、ということで、OEM製品の取り組みをはじめました。そうして人も増え、事業としても大きくなってきたのです。

ISDNリモートルーター RT100iISDNリモートルーター RT100i

1990年代に入ってからは、OEM製品で売上と利益を上げながら、次のISDN通信機器としてISDNリモートルーターの開発に着手しました。ルーターの開発は、ヤマハも参加していたWIDEプロジェクトの吉村伸氏に相談に伺った際にいただいたアドバイスがきっかけでした。
実は、開発していたルーターでもOEM販売を予定していたのですが、再び吉村氏にお会いした際にヤマハブランドで出すべきとのアドバイスを受け、また販売に関しても住友商事の方に取り次いでいただきまして、ヤマハブランドで商品化する道筋を作ることができました。こうした皆さんの協力の元で、1995年3月にヤマハブランドでRT100iを発売することができたのです。

ヤマハルーターはお客様と一緒に「育てた」製品

高山明さん

これまで私が仕事をしてきた中で大切にしてきたことが3つあります。

ひとつめは、「世界一になる」ということ。「通信技術では世界一でありたい」とずっと言っていました。

ふたつめは、技術者として「常に自分が責任を取る」という思いで取り組むこと。最初のLSIを作った時からずっとそう思っていました。ルーターを作り始めて自分ひとりの力では限界を感じるような時でも、多くの優秀な人材が仲間になってくれたので、開発と事業を進めることができました。

そして最後に、「どの商品にも愛着を持って開発する」ということ。これは今でも、誰にも負けない自信があります。

ヤマハのお客様にはいろいろな方がいらっしゃいますが、私が接してきたお客様は、いろいろなことを教えて下さる先生であり、一緒に製品を作り上げていく仲間でもありました。ベースになる品質の良さは当然として、お客様の要望を聞き、一緒に育てていくことで、サポートにも満足していただけるし、信頼感も生まれます。

お客様と一緒に育ててきたヤマハルーターですから、使いやすさ、分かりやすさ、問題発生時の処理の速さ、サポートの良さには自信があります。今までのお客様にも、これからのお客様にも、安心して使っていただきたいと思います。

ヤマハのネットワーク機器事業はゼロからスタートしましたが、私はきっかけを作っただけで、皆で始めて、皆でここまで大きくしてきたものです。支えていただいているお客様と一緒に、さらに大きく社会に貢献を果たしていければと思います。