ICTや先端技術を教育に活用する施策「GIGAスクール構想」は、2020年のコロナ禍を契機に、それまでの段階的措置ではなく、年度内の整備を目指す緊急事態措置に位置づけられて急遽スタートしました。具体的には、2021年度中にすべての小学校・中学校・義務教育学校に、さらに2022年度中にすべての高等学校に、広帯域ネットワーク+Wi-Fi接続環境および1人1台の端末を整備するもので、富山県の高岡市を含め、全国の自治体は急ピッチでの準備作業に追われることに。
2020年6月、慶應義塾大学SFC研究所(以下、SFC研究所)との間で、多数派に依存することなく自らの意見を記述する力(論理コミュニケーション)など“新しい学び”に関する同時双方向遠隔授業の実践研究を進めていた高岡市教育委員会は、「ICTを活用した新たな学び環境創造に関する研究開発」に関する連携協力協定をSFC研究所と新たに締結しました。大学による高速インターネット設計の研究と同時双方向遠隔授業に関する豊富な経験を用い、高岡市のすべての小学校・中学校・義務教育学校の先生や児童生徒が、ネットワークを活用して地理的差異なくつながりたい、高い質の教育を実現したいとのニーズを実現するネットワーク設計が行われました。
その結果、高岡市内の中学校・義務教育学校の代表生徒が参加する「未来の高岡、私たちの思い議論会」(2021年8月開催)は新型コロナによって中止の危機に直面しましたが、高岡市内すべての中学校・義務教育学校をシステムで繋いだ遠隔議論会の形により、無事に開催することができました(冒頭写真はその模様)。「正確な技術」と「先生方の強い気持ち」により困難を乗り越えたことは大きな成果と言えます。
今回、SFC研究所が推進したGIGAスクール構想向けネットワーク設計においては、国内最大級のインターネット研究者組織であるWIDEプロジェクト(https://www.wide.ad.jp/)のメンバーによる、インターネットや同時双方向遠隔授業の運用に支えられた研究実績が役立っています。WIDEの理念は「地球上のコンピュータやあらゆる機器を接続し、人や社会の役に立つ分散システムを構築する。そのために必要な課題と問題点を追求する」ことにあります。2005年に開催された講演※1において、WIDEプロジェクト創設者であり、日本のインターネットの父とされる、村井純 慶應義塾大学教授は以下のように語っています。「ヤマハのインターネット発展における貢献は大きく、次世代の設計においても貢献が期待されています。ヤマハがルーターを作っていることを知っているか問うと、多くが知らないと答えますが、ヤマハは日本に独自の市場を作ってきたパイオニア的存在であり、その貢献に対し深く感謝しています。ヤマハが推進してきたインターネット普及へのWIDEでの研究とその社会貢献は非常に大きく、特に、SOHOマーケット発展への寄与や、ISDN時代を牽引してきたこと、IPv6のパイオニアプロダクトメーカーであること、マニュアルやファームウェア/ソフトウェアのオンライン提供などは称賛に価します。」
GIGAスクール構想における小・中学校や高等学校のネットワークは、大企業というよりも中小企業に近い特性があります。これら学校にはネットワークの専門家がいないケースが多く、「マニュアルやファームウェア/ソフトウェアのオンライン提供」など、豊富なネットワーク教育コンテンツは、ネットワーク運用において心強い存在となっています。
※1 ASCII.jp:ヤマハ、ルーター事業10周年を記念した講演会を開催
GIGAスクール構想にふさわしい“仕組み”の基本設計を示す文部科学省の「標準仕様書」は、SFC研究所はじめとした大学における同時双方向遠隔授業の経験が広く活かされています。
最新の標準仕様は、回線は公衆インターネット網、システムはパブリッククラウドを基本とし、各学校から直接インターネット接続する形(学校直収型)を推奨しています。文科省が2021年3月に公表した速報値では、全国の学校の約40%がこの形を採用しました。※2
2021年5月に改訂された文部科学省「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」もこの路線を踏襲しています。自治体教育委員会と各学校を閉域網またはVPN接続し、自治体教育委員会のファイアウォールを介してインターネットに出る従来の形とは大きく異なります。
最終的に、慶應義塾大学SFC研究所が提唱する“GIGAスクール構想にふさわしいネットワーク・セキュリティ”は、最新の標準仕様に従い、かつ右記の4つのポイントを重視した設計となりました。
※2 GIGAスクール構想の実現に向けた ICT環境整備の進捗状況について:文部科学省初等中等教育局
Wi-Fi接続する端末におけるストレスフリーなエクスペリエンスを重視。そのためにも、最新の標準仕様書の通り、自治体で集約せず、各学校から直接公衆インターネット網に接続。VPN接続によるパフォーマンス低下や、集約する自治体でのボトルネック発生を回避する。
自治体に集約してゲートウェイセキュリティで守る形から、個々の端末にてEDRなどエンドポイントセキュリティを実装する方向に。さらに、端末はもちろん、ネットワーク機器についても、サイバーセキュリティのサプライチェーンリスクまで考慮して選定する。
学校ネットワーク内にあるすべての機器を学校内において、また、教育委員会がすべてを統合的にリアルタイムで監視・管理する仕組みを用意。アクセスコントロールを利用シーンに応じて柔軟に設定できるように図る。さらに不正な利用を抑止しつつセキュリティインシデントに迅速対応できる体制を構築。
機器納入や環境構築に関わる地元ベンダーのスキル育成をはかり、自治体レベルでの対応力強化を目指す。
高岡市内の35校の小学・中学・義務教育学校において、多くの地元の業者の参加を経て完成した学校ネットワークは、「高性能なルーター/スイッチ/アクセスポイントをワンストップ提供」「中小規模環境での豊富な導入実績」「GUIによる容易な設定」「レジリエンスを考えた場合のゲートウェイ型セキュリティへの移行性」「YNO※を利用した教育委員会による遠隔集中管理」「サプライチェーン管理における信頼性」「設定方法などに関する教育プログラム」など、ヤマハ製品の特長が幅広く活用されています。
具体的には、ルーター(RTX1210)35台・基幹スイッチ(SWX3200)35台・フロアスイッチ(SWX2210P)217台・アクセスポイント親機(WLX402)521台・アクセスポイント(WLX313)536台・YNO拡張ライセンスの導入が完了しました。
また、市内すべての小学校・中学校・義務教育学校において同時双方向遠隔授業が可能な環境が実現しました。その遠隔授業教室では、遠隔授業用の音響機材としてマイクスピーカーシステム「YVC-1000」が併せて導入されています。教室内のどの位置の生徒の声もクリアに集音できるマイク、大音量の本体スピーカー、USBケーブルをGIGA学習専用端末(タブレット端末)やパソコンにつなぐだけの簡単運用によって、遠隔授業時も音や映像が途切れることなく、非常に快適に利用できています。
※拠点を越えたグループ全体のネットワーク管理を実現するヤマハ独自のクラウド型ネットワーク統合管理サービス。Yamaha Network Organizerの略。
環境構築後にSFC研究所がWi-Fi接続のエンドポイントでスループットおよびアンロード済レイテンシを計測したところ、下り:363.6Mbps(10.3msec)/上り:317.1Mbps(37.4msec)と、ルーターからLANで直結した場合と比較しても遜色のないデータを記録(35校の平均値、5Ghz帯利用)。パフォーマンス低下につながるUTMなどゲートウェイセキュリティを廃し、高性能&高信頼なヤマハ製品で固めることで、設計段階で目指した高パフォーマンスを実現した格好です。
GIGAスクール構想の高岡モデルを全国で共有していきたい
SFC研究所とは入札ギリギリまで何度も会議を重ね仕様を決めていきました。そのおかげで、セキュリティを担保しつつコストや運用面で継続性のある仕組みを実現しました。特に管理面についてはYNOを用いることで、現場の先生方に負担をかけることなく、全35校のネットワークを教育委員会で集中管理して、何かあったときも迅速に対応できます。とはいえ今回のトピックはなんと言っても、インターネット接続のスピードでしょう。最大200台前後の規模でGIGA学習専用端末(タブレット端末)を同時接続することがありますが、以前と違って明らかに、動画再生やファイルダウンロードもスムーズです。富山県下17の教育委員会が定期的に集まって情報交換する会合でも、高岡市の段違いの速度は評判になっているようです。全国的にはまだまだ自治体集約型のネットワークも多いので、ぜひこの高岡モデルを参考にして快適な遠隔授業を実現していただければと思います。
国や自治体との共同研究でGIGAスクール構想実現に貢献
慶應義塾大学は、日本に遠隔授業を導入し、常に先頭となって取り組んできたという自負があります。村井純 教授が立ち上げたインターネット研究グループ「WIDE」での、学術領域でのインターネット活用研究に端を発し、その後、國領二郎 教授による経営大学院での遠隔授業の実践、大川恵子 教授によるアジアの大学をつないだ遠隔授業といった取り組みを経て、今回の全国の小・中学校、高等学校への展開の共同設計と深化しています。研究成果から導いた、高速インターネット+パブリッククラウドによる遠隔授業の仕組みは文部科学省のWebサイトでも公表され、GIGAスクール構想を実現するうえであらゆる学校が真似できる“先導事例”になっています。今後は、全国の学校において、今回開発した仕組みを“新しい学びのモデル”を支えるネットワークモデルへと成長させるべく研究を推進していきたいと思います。
所在地 〒252-0882 神奈川県藤沢市遠藤5322
URL https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/
(2021年10月07日掲載)
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