福田 徹也氏/福井 信之氏

時代の流れに乗って、インターネットの発想で立ち上がった新しい商売

RT100iの「ヤマハ」ブランドでの製品化を決断できたのは、住友商事に販売パートナーを引き受けていただけたからでもあります。立ち上げ当時に販売を牽引していただいた福田徹也氏(現・住友商事株式会社メディア・生活関連総括部 部長代理)と、福井信之氏(現・株式会社ティーガイア 執行役員 ソリューション事業本部副本部長)にお話を伺いました。

製品のすごさが分かるにつれ、グループ全体の雰囲気が変わった

福田徹也氏福田徹也氏

福田:私は1990年の終わりから、住友電工と一緒にLAN機器の販売や工事の窓口を担当していました。
1994年に、住友商事としてIIJに出資することになりまして、各地の支社には地域組織の立ち上げへの協力要請がありました。吉村さん※1のお話にあった、ヤマハブランドでの製品化というのは、実はIIJ東海の設立記念パーティの席上での話でして、そこに上司の吉井さん(当時住友商事名古屋支店次長)が巻き込まれたんですね。

福井:吉井さんが、よく「びびっと来た」とおっしゃっていましたが、当時は「インターネット」という言葉が新聞に出ない日はなかった夜明けのような時期ですから、その中で大胆に何かできるのではないかと直感したのだと思います。

グループ全体では住商エレクトロニクスなどネットワーク機器を扱っていた会社もありましたが、名古屋発信で何かやってやろうと思っていた我々は、好奇心は旺盛で意欲も満々ながら、まだインターネットの技術については勉強中の身。お客様の信頼を 得るためには「エンジニアが必要だ」とわかっていたので、外部から人を採用したり、関連会社から出向してもらったりして、チームを作りました。

ISDNリモートルーター RT100i
ISDNリモートルーター RT100i

福田:不安はありましたが、ヤマハのRT100iという製品のことを知るにつれて、「これは画期的な製品だ」ということがわかってきました。ここまで機能をそぎ落とし、ISDNルーターとして完成度の高い商品を、他社とは比較できないほど安い価格で出せればすごいことになりそうだということ。IIJの応援や、事前のマーケティング、アドバイスもあり、グループ全体として「これはいける」と確信が持てる雰囲気に変わってきたということが、印象に残っています。

※1 RT100i黎明期パートナーの吉村氏のインタビューはこちら

「手軽いルータ。」誕生で一躍注目をあつめる

福井信之氏福井信之氏

福田:発売前の1994年の10月から、両社と関係者で市場導入戦略についての議論をおこないました。
製品については吉村さんから必要なコマンドなど多くのアドバイスをいただきました。価格については吉村さんに押し切られた感じですね(笑)。他社のルーターが40万円から50万円だったところに、定価26万8000円・特別キャンペーン価格19万8000円の設定はぶっちぎりに安かった。「20万円を切れば固定資産ではなく経費として処理できる」というインパクトは大きかったです。

福井:プロモーションでは、日経コミュニケーション等業界誌に広告を出し露出を増やそうということになって、「手軽いルータ。」のキャッチコピーができたんですよね。

製品の仕様と価格からひねり出したキャッチで、「専門のSIerじゃなくても簡単に設定運用できる」「手軽に発注できる」ルーターだということを表現しました。

RT100iのプロモーションに使用したテレホンカードRT100iのプロモーションに使用した
テレホンカード

日経コミュニケーションに広告を出すと、翌月に資料請求ランキングが出るんですが、初めての出稿で一躍トップに踊りでたんです。これは注目していただいているなということをひしひしと感じました。

お客様から学びみんなで育てたヤマハルーター

福田徹也氏

福田:売れ行きですが、1995年3月6日に発売してから数ヶ月間は月数十台でした。月産150台ぐらいのラインを組んでいただいていたと記憶しています。

福井:6月頃に、大手競合他社がRT100i対抗で19万6000円のモデルを出してきたんですよ。とにかくメンバー全員でに気合いを入れ直しました。吉村さんには「もう終わりだ」って言われましたけど…(笑)

福田:でもそこから売り上げがぎゅっと伸びた。プレイヤーが増えるとマーケットが活性化するというのもあったかもしれません。夏場以降はもう即納できなくなっていましたね。

福井:その頃からお客様からは「ヤマハだけでネットワークが組めないか?」というお問い合わせをいただくようになりました。1つのセンターに何十拠点も接続するようなセンター側ルーターを開発して欲しい、といった具体的な要望をいただき、我々自身がこんなルーターを作って欲しいという絵を描いて定例会でお願いする、その繰り返しでした。

懇意にしているSIerのエンジニアにも、意見を聞きました。お客様から教えていただくことがこんなにも多いと学んだのはこの時です。モデルを増やすたびに売上も階段を上がっていきました。営業から見ると、センター側ルーターの売上が上積みされればアクセスルーターの売上も増える。ラインナップの幅が広がることによるビジネスの広がりを確実に感じていました。

福田:みんなで育てた、作ったという思いが強いですね。

当時の業界の雰囲気を一言で言うと、「新しいぶどう酒は新しい革袋に」ということでしょうか。できたばかりのISPや中小SIer、秋葉原の方々、そしてユーザーの方々が皆、おもしろがって応援してくれて、柔軟な革袋に包んでインターネットの世界を広げてくれたのだと思います。目的ややり方を固定して何かをするのではなく、オープンに意見交換しながら新しいものを作る、まさにインターネットの発想を感じられたのが良かったと思います。

誰に対しても「誠実な対応」で商売を広げていけた

福井信之氏

福田:営業的なこだわりとしては、遠方でもなるべく現場に足を運ぶことを心掛けたし、小さな案件でも名もないSIerでも、お問い合わせ、ご要望には誠実に対応していました。そういうことを大事にして広げていくことができたし、現在、販売を担っているSCSKにもそのDNAはしっかり受け継がれていると思います。

福井:お客様に教えていただくことがとても多かったと思います。
お客様は情報システムのプロですから、いろいろと質問されますが、私達には分からないことがたくさんあります。でも、「知ったかぶりの嘘はつかないで、分からないことは分からないって言おう」って社内では言っていました。「今は分かりません」といって、持ち帰って調べて、次回訪問した時にはきちんとお答えする。福田さんの言う「誠実な対応」の一つの具体的な例ですね。

お客様の声を製品にフィードバック

10年前のネットワーク機器10周年の新聞10年前のネットワーク機器10周年の新聞

福田:ヤマハのネットワーク事業は20周年を迎えましたが、その間、市場の中で、機種は変わってもずっと競争力を維持しているというのはすごいことです。10周年の時に朝、新聞を広げたら100万台突破記念の全面広告が出ていて、思わず通勤電車の中で涙が出そうになりました。ヤマハのルーターは、自分の記念碑でもあるんですね。

福井:日経ネットワークが実施している「ネットワークの実態調査」で、昨年と今年続いて、ルーター部門ではヤマハが1位だったんです。20年前には「なんで実績のないベンダーを使わなくちゃいけないの」と言われていたのが、ここまで来たんだと感慨深かったです。

それはきっと、本当に良い製品だからなんですよ。お客様と上から目線じゃなく同レベルの目線で情報交換して、フィードバックを製品で返していく、みんなで作ったルーターなんだなって。

福田:もちろんそれを製品に落としこむのはヤマハの技術力ですけどね。最初の商品企画も素晴らしかったけれど、さらに必要な機能を作りこんで他社の追随を許さなかった。今で言うブルーオーシャン戦略を本格展開できたことを誇らしく感じています。

福井:今でも仕事でヤマハルーターに関わることはありますから、ぜひ、これからもお客様の声に耳を傾けて、良いルーターを作り続けていただきたいと思います。

福田:まさにそうですね。これまでのヤマハブランドへの信頼を裏切ることは決してないと思いますが、ますます活かしてみんなで良い物を作っていって欲しいと思います。

マイナビで掲載されている福田氏と福井氏のインタビューです。ヤマハとは違う視点で描かれたインタビューを是非ご覧ください。